金子勝「銀行・金融庁10年の罪業」『文芸春秋』2002.1 
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「80年代末から90年代はじめにかけての、アメリカのS&L(貯蓄貸付組合)や中小地方銀行の破綻処理では、一千人を超える経営者たちを裁判にかけ、刑事罰も含めて責任を問うた。その裁判プロセスに耐えうる厳格な査定を行った上で、はじめて公的資金を投入し得た。」
「なぜこの国だけが、きちんとした不良債権の査定を行い、経営責任を問い、金融当局の監督者責任を問うという、あまりにも当たり前のことができないのか。」
「事実、銀行トップは誰も責任を取っていない」

この論文は2002年のものである。その後の日本はいかに不良債権処理を行ったか。銀行経営者の責任0、金融当局の責任0のまま、公的資金という名の税金が70兆円銀行に投入された。一方、個人被害者は完全放置のまま、私たちのように全ての責任を負わされる。

海外では「貸し手責任」(レンダー・ライアビリティ)は重要なトピックである。論文もたくさんある。

日本でこれを論じているのは、椎名麻紗枝「銀行取引とインフォームド・コンセント」『レンダー・ライアビリティ 金融業者の法的責任』などがある。しかし、いまだこの考え方は日本で浸透しているとはいいがたい。「借りたら返せ」ではなく「きちんと貸さないなら返さない」という消費者側に立った考え方が今こそ必要である。